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2011年4月24日 (日)

まぼろしの帝釈原人

    もう世間からは忘れさられた話であるが藤村新一の上高森遺跡や座散乱木遺跡の捏造事件で旧石器時代や考古学への関心は消えうせていた。かつて帝釈原人の発見のころは、自分も若くて展覧会へもよく行ったものだ。しかし帝釈原人の名が歴史の書物に見えないがどうしたのかと調べると、あれはヒトではなくて鹿の骨だという。ウィキペデイアにも「帝釈原人」の項目はない。帝釈原人は松崎寿和(1913-1986)と記憶して残っている。松崎はよく学生社から本を出していた。「黄土地帯」「倭人伝」「中国の先史時代」「広島の考古学」「騎馬民族国家の秘密」「騎馬民族国家99の謎」。騎馬民族征服王朝説はもともと江上波夫の説であるが、石田英一郎、護雅夫など多くの支持者もいるが、結局、4世紀から5世紀初めにかけて、文化に連続性がみとめられ、王朝交代があったという事実はないとして今では完全に否定されている。松崎の本は「帝釈峡 秘境の洞窟にねむる日本原人の謎を追う」にしても「騎馬民族国家の秘密」にしても、つまり歴史ファンタジーで、いまは世間から忘れ去られているようだ。

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