無料ブログはココログ

« 滝善三郎の切腹 | トップページ | アポロンとヒュアキントス »

2011年4月11日 (月)

永倉新八

Photo

    永倉新八(1839-1915)は松前藩士、長倉勘次の次男として江戸に生まれる。代々、松前侯の江戸屋敷勤務であったから、新八は江戸育ちである。近藤勇が、「真剣で立合ったら別だろうが、道場の稽古では、とても永倉君に歯が立たぬ」といったほどの剣の腕前に優れていた。短命に終わった隊士が多いなか、新八は、その後、戊辰戦争、西南戦争を生き抜き、名を杉村義衛と改め、北海道樺戸集治監で剣術師範をしていた。その後は上京して牛込で剣術道場を開いたというが、晩年は小樽で隠居する。「小樽新聞」に自伝として記事「永倉新八」が連載され、その記事を読んだ近藤勇の娘音羽も新八のもとを訪ねている。大正4年1月5日病死。

« 滝善三郎の切腹 | トップページ | アポロンとヒュアキントス »

「日本史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 滝善三郎の切腹 | トップページ | アポロンとヒュアキントス »

最近のトラックバック

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30