滝善三郎の切腹
滝善三郎(1837-1868)といっても今ではその名を知る人は少ない。明治元年、神戸で備前藩の行列を横切った外国人を備前藩士が無礼討ちと傷つけたことから問題となり、新政府に抗議が来た。いわゆる神戸事件である。伊藤博文らは事件を早く片付けたいため、備前藩に責任を押し付け、隊士の滝善三郎に切腹を命じた。善三郎の辞世の句は「いまわ早森の日陰となりぬれど朝日匂う屋まと魂」とある。なぜ「大和魂」を「屋まと魂」としたのかわたしにはわからないが、何かを訴えたかったのだと思う。明治維新も然り、太平洋戦争も然り、現代も然り、大和魂が昂揚する時代に多くの犠牲者が生まれる。
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