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2011年3月22日 (火)

原発廃止、大学解体は暴論か

   京大のカンニング事件と原発事故との根底にあるものを考えている。京大の試験官の甘い監視体制が元凶であることは明らかであるが、誰もそれには触れずに、偽計業務妨害という変な罪状で未成年が逮捕された。原発事故も施設の老朽化を知りながら放置した責任が大きいにもかかわらず、マスコミは少しも触れずに、想定外の自然災害のせいにしている。つまり京大も政府もエリートたちはまんまと責任を逃れて、自己の保身と正当化につとめ、何らの謝罪がない。沖縄に基地があることも福島に原発があることも、日本という国家がほんとうの意味で平等ではなく、辺境に苦難を押し付けていることで成り立っているのである。いまのマスコミの「冷静な対応を」という連呼が欺瞞に響く。

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