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2011年3月 2日 (水)

背広を脱いで

   退職後、なにもしないで生きていくとして、背広、ネクタイをしなくてもいいという解放感があるだろう。だが逆に、定年後も外出するときは背広、ネクタイ姿という人もいる。このスタイルのほうが自信がつくからだそうだ。タテ社会の呪縛に死ぬまでとらわれるのだろう。人は高齢になれば誰しも衰える。みきわめが大切だ。政治家、医師、弁護士、重役などは生涯背広という人が多い。自信過剰がスーツを着ているようなものだ。

   1つの統計調査がある。運転免許を持っている人のグループで、自分の運転技術がそのグループの平均より上か、平均並みか、下かと各人に評価してもらうと、7割以上の人が「上」と答えたという。これは、人は自分の能力を、客観的な見方より高く見積もる傾向があるということである。投資家が失敗したり、競馬、パチンコなどギャンブルに人気があるのは、このような人の自信過剰のおかげである。人の自信過剰で特にやっかいなのは政治家である。権勢欲への執着は果てしない。菅直人もカダフィもあくまで固執するであろう。百歳近い医師が現役なのを賞賛するのも日本人独特の悪弊である。歌謡浪曲の二葉百合子の引き際は見事の一言につきる。自分らしい人生をスタートさせた人は美しい。

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