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2011年3月 1日 (火)

日光山慈眼堂、天海の謎

Photo_5 日光山慈眼堂

   日光山慈眼堂には南光坊天海が祀られている。天海は会津大沼郡高田郷の人といわれるが、生年も幼時のことも不詳である。没後「慈眼大師」の号を贈られた。慈眼といえば明智光秀の菩提寺は慈眼寺である。光秀は山崎の合戦にやぶれて小栗栖において殺されたことになっているが生存説も古くからある。南光坊天海が明智光秀だという説がある。天海が徳川家康にはじめて会ったのは慶長4年、「駿府政治録」によると、このとき2人はあたかも旧知の間柄のように親しく話し合ったとされる。

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