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2011年2月 4日 (金)

地域活性化の甘い罠

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    横溝正史の小説に農閑期の内職にとクリスマスに飾るモールの機械や材料代を買わせて金だけもちにげした男の話がでてくる。昔から田舎の地域振興にかこつけたインチキ臭い話は後を絶たない。いまでもリゾートやゴルフ場建設のような大ががりなものから小さなものまで「地域おこし」「地域振興」「地域活性化」というアイデアで一儲けしようとする人は後をたたない。イカサマ臭い地域おこしとは具体的にどんなものかわかない。結局、成功例だけが表面にでるが、失敗すれば恥ずかしくて文句もいえないから表面化しないのだろう。ゆるキャラ、ご当地名物うまいもの、ブームにあてこんだ土産品、たとえば愛の兜などは売れているのだろうか。映画のロケ地の誘致。日本中のほとんどの地域おこしは失敗している。あるいは、うまくいっても一時的なもので長続きしない。

    美術館や博物館なども観光客が呼べると建設したものの町の財政を逼迫するものも多数あるだろう。○○記念館というのも一時のブームが過ぎれば入場者は低下していく。霧島山新燃岳噴火、昨年の口蹄疫流行、今年は鳥インフル流行。「どぎゃんかせんといかん!」といった男は、そのまんま東へ逃げて行った。

   「地域おこし」とか「地域活性化」という言葉には罠がある。現在、衰退している地域に住んでいる人がいたとして、その地域の衰退という事象は、いきなり訪れたものではなく、時間をかけて進行してきたものである。つまり衰退の進行に人はなれ親しんできたとも言える。人口減少を招いているのは、ある意味「適応」である。ところが「地域おこし」で移住者を取り込み、新産業を興すとなると、環境は激変する。いままでそこに住んでいた人は、急激な変化についていけないかもしれない。必ずしも活性化は善ではない。誰が何を求めているのかを考えなくてはならない。

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