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2011年2月18日 (金)

鎌倉仏教は宗教改革か?

    鎌倉時代における新仏教をどのようにとらえるか。ルターの「神に義とされるのは、ただ信仰のみによる」という主張と、法然と親鸞は浄土教の伝統に連なりつつ、「ただ念仏」、「ただ信心」とその根本精神を表明し、それが日本の仏教を変革する一つの端緒となった類似点はある。ただ日本の「鎌倉仏教=宗教改革」説は、近代日本人の宗教意識をほとんど説明しえていないところに、この説の大きな欠点がある。つまりヨーロッパ近代史においてルターやカルヴァンがはたしたような潜在的勢力をもちえなかったことがあげられる。わが国においてはじめて「鎌倉仏教=宗教改革」論をいいはじめたのは明治40年代の原勝郎であろう。これに対して、黒田俊雄は、鎌倉仏教の本質は、天皇家、藤原氏、有力寺社、そして武士の棟梁などの権門勢力が連合する、反動的な権門体制であったとして、「鎌倉仏教=宗教改革」説を否定している。鎌倉仏教と西欧の宗教改革とを類型的に考えることは無理があるであろう。(参考:原勝郎「東西の宗教改革」芸文2-7、1911年、黒田俊雄「日本中世の国家と宗教」1975)

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「宗教」カテゴリの記事

コメント

一遍の踊り念仏は、近頃のヒップホップなどのダンス曲やロックフェスティバル、よさこいブームを連想します。

鎌倉時代から市がたち、瓶甕がたくさん普及して、お酒飲みやすくなった世の中と関係があるのでしょうか。

まあ、念仏などをみていると、欲望を全面肯定するあたり、仏教とはかけ離れた思想と言わざるをえないんですけどね。
釈尊の生涯と比すると一目瞭然。
欲望を全面肯定→自己中肯定→廃退的社会。釈尊はそういう社会と対峙したはずなんですが。

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