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2011年2月10日 (木)

安倍能成の思想的限界

    戦後日本におけるオールド・リベラルの代表的思想家、安倍能成(1883-1966)の人生観を形成したものは何か。カント哲学の研究で知られるが、スピノザの思想の影響があるといわれる。安倍によれば、スピノザは隠遁生活をしていたにもかかわらず、世をすねることなく、人間に積極的な楽しみを持っていた。安倍もアポロ的なものを好み、福沢諭吉や白樺派同人のような楽観的で明るく前向きに生きる人々に高い評価を与えていた。なぜ楽天的なものを好んだのかは友人藤村操の自殺が関連しているという。反面、社会主義的なものや、左翼的なものには好意的ではなかったのは当然のことと思われる。このような思想的影響は東京大学がお雇い外国人として招聘したラファエル・ケーベル(1848-1923)の思想を抜きにしては考えられない。安倍はケーベル先生を「最も精錬された個人主義者」として敬愛していた。ケーべルは哲学と音楽を21年間も講義したが、ピアノが堪能で日常、楽しんでいた。つまり学生たちがケーベルから学んだ人生論とは「自分に合った好きなことをせよ」ということと解していた。自己にとって本質的なことを守って、それ以外は捨てて、自分の個性に適するもののみに関わるように仕事を限定するようにしていた。しかし、このような社会的な態度が昭和という戦争への歴史過程の中で文化的指導的の役割を担う安倍が十分に果たしきれたとはいえない。中見真理は論稿「安倍能成と朝鮮」(清泉女子大学紀要54)の中で朝鮮に滞在期間(1926年~1940年)の行動や生活を仔細に調査し、進歩的文化人の限界性を論じている。安倍の私生活に関して言えば、一高時代、同級生だった藤村操の妹恭子と結婚している。安倍にとって藤村の自殺は生涯忘れられぬものになっていたはずである。

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