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2011年2月23日 (水)

文化人、識者の社会的責任

    毎日のようにあふれる情報で何度も耳にすると、それが当たり前のもの、素晴らしいものであるという錯覚に陥いらされます。たとえば、海外留学、エコ、検定、資格、ダイエット、健康食品、保険、ランキング、などなどこのように言葉はここ20年の間で身近な言葉になっています。美味しい世界の料理を食べて痩せて、ヘップバーンのようなファッションでパリやローマでショッピング。まるで夢の世界のような気分のパンフレットがあふれています。しかし、これらはほとんどが「悪魔の囁き」です。誰かがあなたを騙してお金儲けをたくらんでいるのです。もっとも性質の悪いのは、学者や文化人です。多くの人はこんな知性があって地位の高い人の言うことだからと盲従してしまいます。「文化豊かな街づくり」と耳あたりのよいことを言い続けています。しかし美術館や文化ホールを建設するには何十億の費用がかかります。実際に建設したけどガラガラで維持費だけでも大変だというところが全国にたくさんあります。1980年代頃に起った阪神間のモダニズム文化ブームも単なる税金の無駄遣いでした。でもその責任をとった人を聞いたことはありません。口先で文化を語ることは容易く、結果が失敗に終わっても、後で責任をとることなく、また別のテーマは文化や夢を語る識者が多いのです。宝塚市の手塚治虫記念館も入場者数の減少傾向が問題になってきている。市直営だけに税金の使い方が厳しく指摘される。手塚治虫のようなネームヴァリーのある作家でもこのような現状である。谷崎潤一郎記念館にしても文学記念館としてどのような役割をしているのか今ひとつ分からないところがある。財政的に余裕があるときは許せたが、将来も維持運営するには教育効果とか明確なビジョンが求められるだろう。

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