無料ブログはココログ

« 明星の反戦詩 | トップページ | 文部省唱歌「故郷」 »

2011年2月12日 (土)

義経奥州下り

    京を追われた義経が、奥州平泉をめざして落ちのびんとする。加賀安宅では弁慶が偽勧進帳を読み上げんとする場面は有名である。越後をすぎて出羽への入口に念珠ヶ関がある。ここでも厳しい詮議を受ける。「虎の尾を踏み毒蛇の口を逃れる心地して陸奥へぞ下りける」とある。酒田まで北上し、そこから船に乗り最上川をさかのぼって八向楯近くの本合海で船を降りた。亀割山を越えたとき、北の方のお産が近づいた。弁慶が安産を祈ったところが、いまでは亀割子安観音となり、子授けと安産の守り神として信仰されている。瀬見温泉には、義経の子、亀鶴が使った産湯として、石鉢状の手湯が設けられている。こうして栗駒山を仰ぎ見ながら、栗原寺(りつげんじ)を過ぎて、平泉の藤原秀衡のもとへと到着する。

« 明星の反戦詩 | トップページ | 文部省唱歌「故郷」 »

「日本史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 明星の反戦詩 | トップページ | 文部省唱歌「故郷」 »

最近のトラックバック

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31