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2011年2月 9日 (水)

ネット以前とネット以後

  インターネットの普及が人類にどのような影響をもたらしたか、という評価は現在進行形なので定説というものはない。チュニジアに始まった政治変革もやはりネットによるものであった。政治、経済、文化、すべての面で人類史に変革をもたらすものであることは間違いない。そのような壮大なテーマはおいておくとして、文章を書くという私的な事柄すらも、変化がみられる。ブログネタをさがしたければ、他の人の記事が参考になるだろうし、今日の出来事やあらゆる情報が容易に入手できる。かっては作家が数万冊の書斎をもち、調べていた労力もかなりな部分は一般人でさえも共有できるようになった。司馬遼太郎や松本清張などの書斎をみるとネット以前の世代であることが明らかになる。夏目漱石が自身のことを水陸両棲動物と喩えた。これは江戸と明治、近世と近代、という意味であろう。昭和の人はネット以前とネット以後に分けられる。ネット以後の作家の書斎はもっとコンパクトなものになるであろう。赤川次郎は作家的地位を確立したのは、ネット以前なので、いまだに原稿用紙を使っているという。会社員時代、英文タイプを使用したのでキー操作は苦にはならないのだが、パソコンと原稿に書くのとは微妙に違うからだという。膨大な資料を駆使して書くタイプではなく、喫茶店でスラスラかけるので、原稿用紙を持ち歩くという。最近の作家はほとんどパソコンなので、送信も回線を通じておこなうので、昔のように編集者の人が家に原稿を取りに来ることもない。赤川次郎も原稿をファクスで送っているそうである。それにしてもあれだけの分量をよく書けるものだと思う。やはり職業作家は量をこなさなければ本物ではない。書籍の電子化で、さらに情報収集は簡便になるだろう。いまでも一部の専門論文がPDFで読むことができるが、なかなか入手しにくい論文が、読めることがうれしい。人文系だけでなく自然科学の論文も読めるようになって幅が広がれば百科全書派が生まれ、新しい思想が人類の未来に貢献することもあるだろう。ネットを使いたおす人が多く生まれれば、これまでの図書館はどのように変化していくのか、アナログとデジタル、両面をみつめていきたい。

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