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2011年1月14日 (金)

明治から現在まで日本人はどのようにかわったのか?

  司馬遼太郎の「坂の上の雲」などをみると幕末に生まれた明治の青年は、現代の青年とどのように違うのか、少しはわかる。しかしあくまで歴史的な事件を背景としたフィクションであり、もっと日常的、生活的な視点でその変化をつかむということは案外と難しい。わかりやすい例は2組の夫婦を例にとって観察することである。明治43年生まれの100歳男子と大正3年生まれ96歳の妻の夫婦(Aとする)、昭和5年生れの80歳男と昭和9年生れの妻76歳(Bとする)。Aは戦争の応召体験があり、家を空襲で焼いている。戦前に結婚し、配給時代の苦しさを知っている。Bは少年期が戦時中なので知識としては知っているが、世帯主ではないため、本当の意味での苦しさは知らない。ただ空襲の恐怖を戦後の荒廃を知っているため、話はよくする。昭和30年ごろ結婚し、貧しいながらも神武景気、所得倍増、高度経済成長と共に歩み、家電製品などの消費体験が強い。AとBとは僅か20年の差であるが、生活ぶりは大きく異なる。Aは幼少期は農家で育ち、自活する能力がある。妻は和服で和風の生活。Bは農業経験もなく、都会の労働力として人生の大半を過ごし、わずかの年金で暮らしている。妻は洋服しか着たことなく、インスタント食品中心の食生活である。もちろんBのほうが車もあり、暮らしぶりは豊かになったように見えるが、狭い家の中は物品であふれかえり、収拾がつかない状態である。Aは実際には故人になっているケースが多いが、もし生きていれば、日本の伝統的な簡素な暮らしで美しく生活しているだろう。B老人は高齢者になってもドライバーなので交通事故が多発する。核家族の時代なので、認知症などの介護になると大変。孤独死も急増している。

    最近、80歳くらいの老人から戦争体験を聞くということがよくあるが、実はその話は嘘ではないにしろ、あくまで少年期の視点でしかない。語り継ぐ戦争体験というが、100歳老人とは微妙な違いがあるであろう。しかし、その違いを無視して、一絡げに戦争体験者とするところに不自然なものが生ずる。とくに最近の戦争を題材にしたものは、ある種の思い込みで製作されているものが多い。ドラマ、映画もそうだが、とくにドキュメンタリーなどは日帝の残忍さ、非道さが前提でストーリーをつくるので、真実がみえてこない。

   明治から現在まで日本人はどのようにかわったのか?というテーマは最も重要なテーマでありながら、皮相的な見方しかできないが、本質をみぬかなければいけない。80歳はもはや外見からみると老人であるが、いわゆる戦後派であり、団地、アパートかマンションで暮らし、マイカーでドライブし、ロカビリー、ビートルズをステレオで聴いた世代なのだ。たしかに元気な老人も多いが、健康食品などの宣伝のイメージで誤解を生んでいるが、高齢者夫婦だけの生活実態は悲惨なものが多い。

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