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2011年1月14日 (金)

三国志「草廬三顧」の古跡めぐり

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    諸葛孔明は隆中(湖北省襄樊市)に隠棲していた。劉備が司馬徽と徐庶の推薦を容れて、孔明の草廬を訪ねたのは、建安12年(207)のときのことであった。ときに孔明はまだ27歳の若さである。孔明は常々「私の才能は、管仲や楽毅に比肩する」と述べていた。管仲は春秋時代の斉の桓公に仕えた名宰相。楽毅は戦国時代の燕の連戦連勝の勇将である。孔明は隆中にあって、小国を富国強兵にし、覇者となるための勉強をしていた。劉備は孔明の草廬を三度訪ねて「三顧の礼」を尽くして出馬を乞うた。ついに臥竜孔明は起ち、その経綸の才を天下に示すことになった。

Img_0009 古隆中の牌坊

Img_0010_2 隆中

Img_0007_2 三顧堂

Img_0009_2 孔明の耕田址Img_0010_3 孔明の草廬跡

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