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2011年1月27日 (木)

ゼッケン67

    第1回東京マラソン2007が終わった翌日の朝日新聞夕刊「惜別」という物故者の記事で、「アジアの鉄人」といわれた台湾の楊伝広が逝去したことを知った。すでに1月27日脳卒中で73歳で亡くなり、2月9日台北で追悼式があったという。ローマ五輪で10種競技の銀メダルだった(陸上ではアジア唯一のメダリスト)楊伝広は大会前の予想では金メダルの有力候補だったが、5位に終わった。ケペルは何故か勝者よりも敗者の涙に感動をおぼえた。東京五輪の涙の敗者といえば、まず第一はヘーシンクにやぶれ、柔道無差別級二位に甘んじた神永昭夫であろう。マラソンの日本勢のエースだった寺沢徹の15位という予想外の不調も、若手の円谷幸吉3位、君原健ニ8位の活躍の陰で無念の涙だった。女子では水泳100m背泳で日本新ながらも田中聡子選手の4位に同情の涙を禁じえなかった。女子80メートル障害の依田郁子選手は5位だったが、トラックでは人見絹枝以来36年ぶりということで、大検討だったのかもしれない。そのような敗者の涙のなかで、栄光の敗者という光景を陸上1万メートルのカルナナンダ選手でみることができた。この話は後に国語の教科書にとりあげられたので若い人のほうがよく知っているかもしれない。

                    ゼッケン67

    ゴール前50メートルで勝負がきまるという熱戦をくりひろげた一万メートル決勝も、アメリカのウイリアム・ミルズ選手が優勝しました。ほかの選手もほとんどゴールインをして、トラックからすがたをけしていました。しかし、たったひとりで必死の表情で走りつづける青年がいました。ゼッケン67、セイロンのカルナナンダ選手です。まだ、あと三周しなければゴールインできません。

    二十三、四、五周めと、一万メートルに出場したセイロンの陸上競技の選手として、全身あせまみれになりながらも、しっかりと大地をけって走りに走っています。

    そのほかには人かげ一つありません。ゴールに向かって力走する、カルナナンダ選手のすがたに、七万五千人の大観衆は、おしみない賞賛の声を感動をこめて送りました。

   あるかぎりの力をふりしぼって、最後まで、レースをすてなかった、カルナナンダ選手のおこないは、すべての人々の心にいつまでも残るでしょう。

   レースのあと、カルナナンダ選手は、「わたしはできるだけ力をふりしぼって走りました。びりになったのは、こんどがはじめてです。むすめが大きくなったら、おとうさんは、東京で力いっぱい頑張ったと話してやりたい。」と、胸をはって話していました。(「学研版小学生のための東京オリンピック」より)

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