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2011年1月25日 (火)

水無瀬と惟喬親王

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  水無瀬神宮(大阪府島本町)は後鳥羽天皇、土御門天皇、順徳天皇を祭神としてまつることで知られている。琵琶や筝の演奏、和歌、蹴鞠などに優れた後鳥羽院は、この地が気に入り、離宮を建てて、たびたび訪ねたという。また後鳥羽院によって和歌の上句と下句を2人で唱和する連歌の起源がつくられた。のち宗祇は「水無瀬三吟百韻」を残した。

  だが、水無瀬というと地が歌詠みの地であるのは「伊勢物語」82段に惟喬親王が毎年春になると水無瀬離宮で過ごされたことに由来する。交野の渚の院で右馬頭が詠んだとされるのが、有名な「世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし」「散ればこそいとど桜はめでたけれ うき世になにか久しかるべき」という歌がでている。

    在原業平と交友があった惟喬親王は文徳天皇の皇太子であるが、藤原良房の反対で皇位を継ぐことはできなかったといわれる。

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