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2011年1月27日 (木)

芥川賞作家という名の売文業

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    日本で何が醜いといっても芥川賞ほど醜悪なものはない。多くの文学ファンと称する人たちは、芥川賞作品だけは新刊書を買うという固定層がいるらしい。これはもはや文学というよりもブランド商品である。もちろん今年の受賞作はまだ読んでいない。広告を見ると「本物の才能」出現とある。朝吹真理子、西村賢太。同時発売。定価も同じ1260円。安いのはページが薄いのだろう。なんだかバナナの叩き売りだ。植物は水をやらなければ枯れるが、水分がありすぎると萎れる。両者は恵まれすぎている人と、あまりにも窮乏している人。こんなに両極端ではなく、普通の市井人の作家はいないのか。極端なことだけがウケると考えている心底が卑しい。嗚呼、芥川賞作家、庄司薫、吉目木晴彦は今どうしているのだろうか。むしろ太宰治や村上春樹が芥川賞をもらわなかったことは作家人生において幸運だったと思いたい。19歳で受賞した綿矢りさに注目が集まる。しかし筑紫哲也のインタビュー(2006年頃)を録画で見たが、彼女の内面から書き出したいテーマが本当にあるのかよくみえてこなかった。受賞後第1作「夢を与える」は不評だった。女流作家とはAKBと同じか。文壇のアイドル化がますます進行していく。今回のキャッチコピー「本物の才能出現」と。綿矢は本物でなかったということか。

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