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2011年1月12日 (水)

日本人の150年

    イタリア統一150周年ということでNHKでは連日、イタリア特集。旅、芸術、料理。イタリア文化も奥が深い。「道」「若者のすべて」「ひまわり」などイタリア映画も懐かしい。日本の明治維新は1868年。あと7年後は明治150周年である。むかし明治100年のときは大ブームだった。そのころ出版された本「日本人の100年」で、湯川秀樹(1907-1981)は次のように書いている。

  「この百年間に日本人は一体何をしてきたか。父母も祖父母も、ふくまれている。例えば私の祖父は百年前に紀州の藩士から福沢諭吉門下の新知識人へと移行したが、大正時代には社会から完全に隠退した老人として、菊や朝顔をつくってり、私たちに漢籍を教えたりしていた。彼は私にとって身近な人であったと同時に遠い人であった。近いようで遠い、遠いようで近い。それが日本の百年であり、日本人である。知っていることも多いが、知らないことがもっと多い」

  なかなかの名文である。ここにでてくる祖父とは誰か。田辺藩の儒学者・浅井篤(南溟)のことだろう。子の小川琢治(1870-1941)は地質・地理学者。ちなみにケペルは湯川の実兄、東洋史学者・貝塚茂樹(1904-1987)の弟子の伊藤道治の講義を聴いている。浅井南溟先生の系譜に連なる弟子といえるだろうか。

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