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2010年12月29日 (水)

昆陽池と行基

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    伊丹の昆陽池は都市にはめずらしく、ユリカモメなどの野鳥が飛来する自然のオアシスである。伝説ではこの池をつくったのは行基(668-749)ということになっている。伊丹市には行基町という地名があり、昆陽寺(伊丹市寺本)がある。行基は畿内を中心に民間への布教や貧民救済のために布施屋を設置し、また池溝などの土木開発をしたといわれる。初め政府の厳しい弾圧を受けたが、天平初年から緩和され次第に重用されるようになっていった。行基伝承は伊丹だけでなく、近畿地方、また全国に開基伝承が広がっている。行基により創建されたと称する寺院は全国に約1400寺あるといわれる。寺院の縁起は、歴史的物証がなく多少疑わしくとも、詐欺罪にはあたらず大目にみてもらえるらしい。これは鎌倉時代の東大寺を中心として、行基への追慕ないしは行基への信仰が高まったものと考えられているが、どのような事情で広まったのか明らかではない。伊丹の昆陽池伝承も本当に行基と直接つながるのか疑問である。昆陽寺も奈良時代の創建を示す考古学的な遺物を知らない。鐘楼の銘には宝暦10(1760)年と刻まれた銅鐘がある。行基との直接的な遺物はないが、この地方の農民たちが行基を追慕していたことは明らかである。

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