献上された都鳥
名にし負はば いざこと問はむ都鳥
わが思ふ人はありやなしやと
伊勢物語第9段「東下り」で知られる都鳥。霊元上皇は歌道に通じた教養人であった。あるとき、都鳥というのはどんな鳥か見たいといった。それを聞いた徳川将軍吉宗は、さっそく隅田川へ行って自分で都鳥を射とめ、それを矢があたったままのかたちで箱につめ、急使をたて上皇のところに送らせた。京都の御所では吉宗から都鳥が献上されると聞いて、もっとりっぱな籠にでも入れて、生きたままの都鳥がくるのであろうと予想していたら、箱がとどき、あけてみたら矢にささったままの死鳥がでてきたので、おおいに驚いたという。
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