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2010年12月21日 (火)

男根を切られた美男僧

Photo_2 住蓮房(左)、安楽房(右)の供養塔(近江八幡市千僧供町)

    安楽坊遵西(1171-1207)は法然の高弟である。明恵は「摧邪論」で、法然について「深智ありといえども、文章を善くせず」といっている。法然は文字を書くのが苦手だったらしい。遵西が法然の口述筆記をして「選択本願念仏集」を書いている。俗説としては、美男であった遵西には女性信者が多数集まり、その中に後鳥羽上皇の愛妾であった松虫と鈴虫という美人姉妹がいたことから、密通の嫌疑をかけられ、羅切(男性器を切断すること)のうえ、六条河原で斬首された。ために師である法然は讃岐へ、親鸞は越後へ配流されることになった。浄土宗の受難の背景には、興福寺を中心とした南都北嶺の攻撃が背景にあったことはいうまでもない。

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「宗教」カテゴリの記事

コメント

安楽の生まれた年は不明とされています。
”男根を切られた”という文書は一つも残っておりません。きちんとした情報を確かめてください。

このブログは歴史の巷説、風説、俗説、珍説、奇譚などを取扱っています。例えば、義経=ジンギスカン説、明智光秀=天海説とか。安楽坊遵西に関しても、俗書には「男根を斬られた女犯僧」と紹介されています。(人物探訪・日本の歴史11、寺内大吉)生年についても、36歳で死んだとあるので逆算して書いています。引用は難くなるので省いています。キックボクシングの解説や司馬遼太郎を作家にしたことで知られる寺内大吉さんが「日本の仏教史上で女犯僧の数も多いが、そのものズバリ、男根を切断されたのはこの遵西だけであろう」とあります。(168頁)浄土宗の信者さまには心苦しい限りではありますが、俗説としては流布しておりますので悪しからず。

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