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2010年12月18日 (土)

当世美術館事情

    「日本国内にモネの作品が何点ぐらいあると思いますか」そんな質問をすると、かなりの美術愛好家でも「さあ、20点くらいかな」など曖昧な返事が返ってくる。実際は50点をかるく超える。印象派だけだと300点は超える。国内にも意外と西洋絵画がたくさんある。つまり本物をいつでも市民が当たり前のように見れるような時代になった。大正期に白樺派の人たちが中心になって西洋美術を紹介したときは複製写真の展示会で満足していた。最近は全国各地に美術館が乱立したため、行列ができるほどの入場者をよぶのにはよほどの宣伝と名品をそろえなければならなくなった。地方の美術館はいつも閑散としている。でも東欧美術とか郷土のゆかりの作家などを中心によく健闘している。「オットー・ディックス版画展」(伊丹)「小出楢重を歩く」(芦屋)「江見絹子展」(姫路)「横尾忠則各界肖像画展」(西脇)「モースが見た兵庫のやきもの」(篠山)「ドゥシャン・カーライの超絶絵本とプラチスラヴァの作家たち」(豊岡)など見れば、それぞれのコレクションの違いがわかる。美術館を建設しようというたいへん贅沢な試みは大きく二つの動機が考えられる。①自治体が近隣に美術館を持っていると自分の市や町でも文化的シンボルとしてほしいと思う場合である。②個人がたくさんの美術品を土蔵に所有していたが、美術館を建設して大勢の人にみてもらいたいと思った場合である。②の場合など銀行家などの富豪が多いが、創業家が亡くなって銀行経営も破綻し、美術館も閉館するケースは多い。だいたい30年続けば長いほうだろう。①の場合は自治体が建設するのであるから立派な施設だし、郷土の文化財も豊富であるし、篤志家からの寄贈・寄託もある。だがコレクションは地味なものが多いので、館蔵品ばかりだと10年もすれば飽きられて入場者数は減少していくだろう。ましてや市が財政再建計画となれば美術館という施設を維持しているのは困難になるだろう。かといって直ちに閉館すれば、美術館関係者たちの批判を浴びるし、市長としても選挙に影響する。運営を指定管理者にしてコストの軽減を図りたいところだが、狭い土地の利権がかんらんでなかなか話がまとまらない。芦屋市立美術博物館の迷走ぶりは7、8年は続いている。もともと市民も地元の美術博物館に来館しなかったのだから偉そうにいえない。行くのは童美展という孫の絵が飾られたときだけなのだから。市長や社会教育部長も美術博物館を上手く運営してきたとはいえない。むかし取材で美術博物館へ伺ったとき担当の学芸員さんから説明をうけた。数日後、再訪したとき、その学芸員は辞めたとのこと。学芸員の待遇が悪いのが理由であった。芦屋市はなんと市立高校まで廃校にした市である。いうまでもなく高校は敷地、設備、人材とも莫大な経費を投資してきた施設である。もちろん運営が上手であれば廃校にいたることはなかったと思う。関係者に熱意と創意工夫が足りなかったと思う。「創業は易く守成は難し」というが、関係者が真剣に協議し文化財の大切さを認識する必要があるだろう。

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