小説、漫画に出てくるヒロインの名前
出版社に勤務する久木祥一郎は突然、閑職である調査室行きを命ぜられる。これまでの人生に虚無感を覚え始めた彼の前に、松原凛子という美しい人妻があらわれ、2人は情事を重ねる。渡辺淳一が1995年に日本経済新聞に連載した「失楽園」は一大ブームとなり、その年の流行語大賞に選ばれた。ところでヒロイン凛子という名の「凛」の字は、1990年に人名用漢字に追加されたもの。したがって実際に凛子という名の女性がいたとしても20歳の女性ということになる。だが小説の死体検案書には松原凛子の年齢は38歳とある。作家が小説を書くとき名づけ事典などでチェックするわけではないので、こうした間違いはしばしばあるだろう。ここでは私の個人的な好みで印象に残ったヒロインの名前をあげる。
亜紀 あき 片山恭一「世界の中心で、愛をさけぶ」
杏里 あんり 高橋治「風の盆恋歌」
夏野子 かやこ 津島佑子「寵児」
杏子 きょうこ 室生犀星「杏っ子」
琴美 ことみ 宮本輝「海辺の扉」
小雪 こゆき 大江賢次「絶唱」
佐知子 さちこ 松岡圭祐「千里眼」
沙耶 さや 伊達一行「沙耶のいる透視図」
志乃 しの 三浦哲郎「忍ぶ川」
知寿 ちず 青山七恵「ひとり日和」
千波 ちなみ 瀬尾まいこ「優しい音楽」
巴 ともえ 若杉慧「エデンの海」
夏枝 なつえ 三浦綾子「氷点」
夏美 なつみ 馳星周「不夜城」
七瀬 ななせ 筒井康隆「七瀬ふたたび」
那美 なみ 夏目漱石「草枕」
野枝美 のえみ 久美沙織「薔薇の冠 銀の庭」
初江 はつえ 三島由紀夫「潮騒」
初実 はつみ 綿矢りさ「蹴りたい背中」
万亀 まき 林真理子「本を読む女」
マヤ 美内すずえ「ガラスの仮面」
繭 まゆ 野島伸司「高校教師」
真弓 まゆみ 村松友視「時代屋の女房」
美嘉 みか 美嘉「恋空」
美沙 みさ 円地文子「霧に消えた人」
藻奈美 もなみ 東野圭吾「秘密」
雪子 ゆきこ 石坂洋次郎「青い山脈」
葉子 ようこ 有島武郎「或る女」
里矢子 りやこ 夏樹静子「星の証言」
烈 れつ 宮尾登美子「蔵」
ところで登場人物に具体的な名前がないものもある。記憶が80分しかもたない数学者の「博士」とその「家政婦」と息子「ルート」。小川洋子の小説には「博士の愛した数式」をはじめ登場人物に名前がでてこない作品が多い。あるセミナーで参加者から理由をたずねられた。「名前をつけることで余計なイメージを植えつける。舞台は日本でもないし、地球のどこでもかまわない」という。ケペルがむかし図書館に勤めていたとき、カウンターに小川洋子という名の人が登録にやってきた。雑誌などで見た女性作家によく似ていたが、別人なんだろうか。やはり、小川洋子や村上春樹の小説の描く世界は「私の土地がモデルです」と騒ぐことはいいがなものか。もともと大正から昭和初期にかけて青年期を過ごした作家の小説には、名前こそあったものの何を職業としているのかあいまいなものが多かった。かれらの多くは、地主の家庭から出たので具体的な職業、職場、職業感覚が描けなかった。戦後に源氏鶏太ででこの風潮を変えたといわれる。サラリーマンに大いに受けたのは、そこに濃密に職業が描かれていたからだ。松本清張なども、登場人物の名前、年齢、住所、職業、生い立ちから収入にいたるまで緻密な配慮をはらっている。そのことをもって登場人物に現実感が生まれ、読者はリアリティを感じるのである。名前、職業などリアリテイを意図的に描かないことで無国籍性世界を描くのも現代の流行小説かもしれない。
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