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2010年11月15日 (月)

孔子が密に尊敬した彭祖とは如何なる人物か

   論語述而篇に、

子日く、述べて作らず、信じて古を好む。竊に我が老彭に比す

   とある。ここに出てくる「老彭」というのは、鄭玄の注では老子と彭祖の2人とある。しかし老子説は今日否定されている。ここでは彭祖を尊んで「老彭」と呼んだとみるべきだろう。大戴礼の説では「殷の賢大夫。好んで古辞を述べる」とある。

    後世の道教の世界では彭祖は房中術の祖とされる。さまざまな丹薬を研究し、700歳まで生きたという。外見はまるで青年のようで、名声を求めず、のんびりとした生活をしていた。殷の王が、彼を大臣にしようと、采女を使者として派遣した。彭祖は男女の房中術を伝授し、王に伝えた。王はさっそくその房中術を試みたところ、それが素晴らしい効果があった。そして王は自分ひとりじめするため、彭祖の術を伝えるものは死刑に処するという命令を出した。そして彭祖その人まで殺そうとした。それを知った彭祖は行方をくらました。殷王はしばらく後に鄭の国から絶世の美女をめとった。彼女があまりに美しいので、王は彭祖の教えを破って淫にふけり、結局は道を失って死んでしまった。もとろんこのような話は孔子の後でつくられた話であろう。孔子が敬愛した彭祖の実像は誰にもわからない。

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