世界女優史 ジョーン・クロフォード
Joan Crawford (1904-1977)テキサス州サン・アントニオ生まれ。ウェイトレスや店員をやっていた19歳のとき、チャールストン・ダンスのコンテストに入賞。シカゴ、デトロイトなどを渡り歩いてコーラス・ガールをつづけ、ニューヨークのレビュー団に入った。1925年、本名のルシール・フェイ・ルスールのまま「美人帝国」の端役で映画デビュー。数本出たあと「三人の踊子」からジョーン・クロフォードに改名し、MGMの新人として売り出す。「グランド・ホテル」「雨」以後、大スターの道を歩む。40年代には人気を失いかけたが、ワーナーに移り、「ミルドレッド・ピアース」(日本未公開だがTVで「深夜の銃声・偽りの結婚」という題で放送されたことがある)でアカデミー賞を受賞した。MGMからお払いばことなったクロフォードは、涙をおさえてMGMスタジオの裏門から出ていったという伝説が今も残っている。MGMを見返したいという一念と、ライバル、ベティ・デーヴィスへの執念があった。それだけにオスカー候補に選ばれ、発表の夜は高熱で出席できなかった。下馬評はバーグマンやジェニファー・ジョーンズという声が高かっただけにクロフォードの不安もわかる。いよいよ主演女優の発表、まだテレビのない時代、中継はラジオである。クロフォードはラジオも消していた。その時、彼女の家の前で歓声が上がった。「ジョーンおめでとう!」彼女の受賞であった。それを知ったファンの人々が大勢集まったのである。クロフォードはドアをあけ、立って人々に手をふった。
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アメリカ合衆国の名女優ジョーン・クロフォードですか。
ベティ・デイヴィスとのライバル関係も有名だそうです。
投稿: 台湾人 | 2011年1月20日 (木) 15時23分