無料ブログはココログ

« 秋の叙勲 | トップページ | 本のある空間 »

2010年11月 3日 (水)

東郷茂徳

Photo

    東郷茂徳(1882-1950)は鈴木貫太郎内閣で外務大臣として入閣し、終戦工作にあたった。国体護持という日本側の条件に対し、ソ連や中国は天皇の退位を求め、イギリスは天皇制反対論が強かった。だがアメリカの「バーンズ回答」は、天皇の地位を保証するものであった。アメリカは天皇の存続を利用して占領下の秩序維持を期待する考えがあった。東郷らの工作によって国体護持のためのポツダム宣言受諾という戦争終結がなされた。だが戦後の極東軍事裁判では真珠湾奇襲攻撃に荷担した罪により、東郷はA級戦犯として禁固20年の刑を宣告され、昭和25年7月23日、服役中病没した。

« 秋の叙勲 | トップページ | 本のある空間 »

「日本史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 秋の叙勲 | トップページ | 本のある空間 »

最近のトラックバック

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30