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2010年10月28日 (木)

叙勲という名の格づけ

   秋の文化の日を前に今年もはなやかに叙勲がおこなわれている。やはり「天は人の上に人をつくらず」の福沢諭吉だけに徹底している。福沢は「政治と教育とは分離す可し」という信念をもっており、学者の権威はあくまで尊重されなければならない、と述べた。そのため学者が世俗的な栄位で格づけされことを憂慮していた。その最もあらわな逸話がのこっている。大槻文彦による国語辞典「言海」が完成して出版祝賀の会のあった明治24年6月のこと、諭吉にも出席して祝辞を述べるように依頼があった。そして、諭吉もいったんそれを承諾したが、伊藤博文の祝辞が最初にあることを知って、祝辞だけをおくって出席しなかったという。叙勲にも反対している。「車屋は車を挽き豆腐屋は豆腐を拵えて書生は書を読むというのは人間当たり前の仕事をしているのだ。その仕事をしているのを政府が誉めるというならば、まず隣の豆腐屋から誉めて貰わなければならぬ」(福翁自伝)王貞治や吉永小百合の文化功労賞は国民だれでもが知っている人だけにわかりやすい。政府はこれでは誰も文句あるまい、といいたげである。いかにも幼稚な選考だ。野球や女優を生涯かけて尽力している人が偉いなら、ほかの分野にもいるはずだ。ただ知られないだけの違いである。スポットの当たる人にさらに栄位を与えるのは名声を利用しようとする下心があるとしか思えない。隣の豆腐屋に賞をあげたい。

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