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2010年10月 2日 (土)

官憲への不信

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    いまの日本に正義などというものがあるのだろうか。ある日、あなたが全然身に覚えのない容疑で不当に逮捕されたとしたらどうするだろうか。信頼のおける弁護士を知っているだろうか。現代は自分の潔白は毅然と自分で守らないといけないことを痛感させられる。検察、警察への不信。政治への不信。冤罪といわれる高級官僚もバックに優秀な弁護士がいたから勝ったまでのこと。道義的なことは不問となった。松本清張の「霧の旗」は兄の弁護を引き受けてくれなかった弁護士への復讐の話だ。政治家、実業家、高級官僚、医師、弁護士、教師、聖職者。社会のエリートたちが互いにせめぎあいをするのが現代の構図だ。いずれも生産に直接たずさわることもなく、汗を流すことなく、高収入を得ている人たちである。その地位に対する執着ぶりは凄まじい。もしも裁判員制度にかけられて、あまり裁判に関心のない裁判員の心証だけで理非を決められとしたら理不尽なことであろう。それも短期間に。まだ裁判員を扱ったドラマは見たことないが、アメリカ映画やドラマでの陪審員というのは、いつも群衆心理が働くことを警戒しているようだ。公正な裁判をのぞみたい。

 

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