柳原白蓮
人妻の恋愛が姦通罪に問われた時代に、恋愛の自由を実際の行動にうつして世間の注目を浴びた一組の男女がいた。柳原白蓮(37歳)と宮崎龍介(30歳)。閨秀歌人白蓮は九州一の炭鉱王伊藤伝右衛門の妻でありながら、東京大学の社会思想団体「新人会」の宮崎龍介と恋におちた。大正10年10月22日付の東京朝日新聞には、
「もはや今日はわたしの良心の命ずるままに、不自然なる既往の生活を根本的に改造すべき時機にのぞみました。すなわち虚偽を去り真実につくときがまいりました。よってこの手紙によりわたしは金力をもって女性の人格的尊厳を無視するあなたに永久の訣別を告げます」という公開絶縁状を掲載した。
新聞記者たちは、京都祇園の「伊里」へ殺到した。商用を終えた伊藤伝右衛門は妾が経営しているその料理屋にいた。「そんなばかなことがあるものか」事実を知らされた伊藤は怒り叫び、ただちに毎日新聞にその反論を載せ、世論はこの問題に沸いたという。白蓮の行動を勇気ある決断として声援すべきか、それとも、不道徳の名のもとに糾弾すべきか、白蓮夫人は揺れ動く世論の渦に巻き込まれた。この恋の結末は、白蓮の家族からの除籍と総べての財産没収により離婚が成立した。人妻の恋という奔放な行動で世間を騒がせたふたりの恋の結末は、幸福なものだったといえるであろう。
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彼女は長男を戦死という形で失い、随分悲しんだそうである。晩年は5年間失明した状態で暮らしたそうであるが、自分が迷惑をかけた人、不幸にした人、義理を欠いた人のことを静かに何も見えない暗闇で果たして考えただろうか。
投稿: maru | 2011年8月26日 (金) 01時29分