古代トラキア人の黄金文明
5000年以上の昔、エジプト文明、メソポタミア文明より古く精密な黄金文明を確立し、紀元前5~3世紀に最盛期を迎えたトラキアは古代ギリシアの文献には「死をも恐れぬ勇猛果敢な騎馬戦士」として、トロイ戦争やアレクサンダー大王の遠征で活躍したことが記されている。しかし彼らは文字を持たなかったため、その実態はほとんど解明されないまま、歴史の中で幻の民族となっていた。今世紀に入り、遺跡から王の黄金のマスク、冠など副葬品が発掘され、黄金文明の担い手であることが明らかになってきた。ブルガリア北部、世界遺産になっているスヴェシュタリのトラキア人の墳墓はゲタイ民族の遺跡である。ゲタイ人はトラキアの一種族で、「霊魂の不滅を信じている」と古い文献に記されている。中部カザンルク郊外で発見されたトラキア人の墓は、かつて「薔薇の谷」と呼ばれていたが、今では「王家の谷」と呼ばれるようになったほど貴重な遺跡である。ここからオドリュサイ族の王の墓から黄金のマスクが出土した。南部ペルペリコンからべッサイ族の遺跡が発掘された。岩の遺跡であるが複雑な形をしており、上部は中世のキリスト教会、中部はローマ時代のもの、下部にトラキア時代の宮殿跡が見られる。太陽を信仰し、冬至の日の祭りには、男女が交わり、豊穣と子孫繁栄を祈った。奥行き25mの岩窟は子宮に似せて造られている。
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