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2010年8月 3日 (火)

将軍を討った武将・松永久秀

    松永久秀(1510-1577)というより、松永弾正の名のほうが知れているかもしれない。もとは三好長慶の家臣であったが実権を握っていく。長慶の子義興を毒殺し、1565年、三好三人衆(三好長逸、三好政康、岩城友通)とはかって、将軍足利義輝を殺し、足利義栄を迎えた。それより三好三人衆とわかれ、1567年、三好党のよる東大寺を急襲し、ついで大仏殿を焼き、畿内諸国を平定した。1568年、織田信長が足利義昭を奉じて入京すると降伏した。以後、信長に従って石山本願寺攻めなどに参陣したが、1577年、にわかに叛いて信貴山城に帰る。同年信長の子信忠を将とする軍に攻められ、城に火を放って名物「平蜘蛛の釜」とともに自害した。三大悪業といって信長にかからかわれたことがある。

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