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2010年8月31日 (火)

越後人国記

    親鸞が越後に配流となったとき、身の回りの世話をした越後の豪族の三善為教の娘・恵信尼(1182-1268)がいる。親鸞との間に7人の子をもうけた。最近、手紙が発見され、教養のあった女性であることがわかる。戦国武将としては、長尾為景(1489-1543)、上杉謙信(1530-1578)ら。江戸期の殖産では伊藤五郎右衛門、竹前小八郎、真柄仁兵衛、徳光屋覚左衛門、堀将俊、植村覚左衛門、本多利明、松田伝十郎、涌井藤四郎。江戸後期の歌人・良寛(1758-1831)は出雲崎の出身。「北越雪譜」の鈴木牧之(1770-1842)は塩沢の出身、長岡藩家老の河井継之助(1827-1868)、高橋竹之介(1842-1909)、勤皇家・遠藤七郎(1839-1892)、海軍中将・山本五十六(1884-1943)は長岡市の生まれ。旧長岡藩士高野貞吉の六男。文学では会津八一(新潟市)、青野季吉(佐渡島)、小川未明(上越市)、坂口安吾(新潟市)、相馬御風(糸魚川市)、西脇順三郎(小千谷市)、宮柊二(魚沼市)らがいる。田中角栄は柏崎市の生まれ。

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「日本史」カテゴリの記事

コメント

他にも…

羽黒山:大正時代、36代横綱。12年在位。
小林虎三郎:戊辰戦争後の長岡藩のリーダーで、人材育成の為に「米百俵」で育成を行った事が有名。山本有三の戯曲でも有名。
外山修造(長岡):関西財閥を作った一人。阪神電鉄の初代社長。アサヒビールの創業にも関わる。
田中長嶺:しいたけ(きのこ)の人口栽培の開発者。貧しい山間部を巡礼して、無料で技術指導・伝授する。終焉の地・愛知県・西尾市に、墓と石碑がある。
中川清兵衛:現在のサッポロビールに、技術主任として迎えられ、初の国産ビールを造った人。技術は単身でドイツに渡り、現地の老舗ビール製造会社で修行して、技術を習得。
川上善兵衛(上越):日本ワインぶどうの父。独学で、日本に合うオリジナルのワインぶどう品種を22種開発。地元では「岩の原葡萄園」、山梨県ではサントリーの美登ワイナリーにて技術者として迎えられ、サントリーワインに貢献する。今も善兵衛の開発したワインぶどう種は国際登録され、健在である。
多田雄幸(長岡):東洋人で初めて、単独国際ヨット競技で優勝した人。弟子には、現在トップで活躍している白石康一郎がいる。

やはり他にも沢山〃いらっしゃるので、書き切れませんね。

ありがとうございます。共通するような越後気質があるのでしょうか?ニッポン全国各地の人国記を調べてみようと思っています。

ケペルさんへ

 こんにちは。
ご返事ありがとうございます。
>全国の人国記を調べてみようと思います。
 非常に興味深いですね(^_^)
また来て記事を読んでみたいです。
楽しみにしております。
>越後人は雪に閉ざされている期間が非常に長いので、粘り強く根気が養われるのか、『ひとつの事をコツコツと地道に努力し続け、成し遂げる』という特質があるのかもしれません。

それでは、またお邪魔したいと思います。
ありがとうございました。

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