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2010年8月 7日 (土)

ミイラが訴える、果てしなく続く東京砂漠

    海老蔵・麻央の超豪華披露宴が行われていたころ、東京都足立区の閑静な住宅街で111歳の男性のミイラ化した遺体が発見された。そばには1978年11月5日付の朝刊があった。この奇怪な事件以降、高齢者の所在不明問題が表面化していく。だが政府、行政、マスコミはタテマエ論や調査だけの会見を連日、繰り返している。つまりは「行政にも限界はある」という責任回避論だ。なるほど高齢者になれば低所得となり、子供にも見放され、やがては孤独死にいたる。わが国には「姥捨て」という悪弊があり、棄老思想が底流に蔓延し、福祉国家というのは単なる幻想かもしれない。「政治より披露宴が優先する」と言い張った前原大臣が紋付袴の姿で暢気に鏡開きをしていた様がこの国のいい加減さを如実に物語っている。この猛暑のなかクーラーも買えず、電気代も払えず、毎日、菓子パンで何とか生きている老人も多い。そして近所の人にも知られず、死んでいく。孤独死は新聞にはのらない。女優の園佳也子さんは有名人だからたまたま報道されたのだろう。なるほどいつの世も人は金持ちに群がる。だが海老蔵の披露宴に出席していたシャンペンをあおる者たちにも同じように老いはやってくる。一休がいたら髑髏をかざして「御用心召され」と、人の世の無常を説いて披露宴会場に現れただろう。「誰もがたどる老いの道」いつかはみんなに死はやってくる。東京砂漠、不毛地帯は果てしなく日本列島に広がっている。

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