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2010年7月 9日 (金)

北条氏得宗家

   北条一門の中で、その嫡流の家督を得宗といい、はじめは執権の地位と密着していた。徳宗とも書くが、義時を徳宗と称したことにはじまる。北条氏の中でも、他と区別された特別の地位と考えられ、北条時宗の時代以後は、執権の地位とは関係なく、急速に権力が得宗に集中し、やがて得宗の専制権力が生まれて、政治史上、重要な意味をもつに至った。得宗はつねに数国の守護を兼ね、また全国に散在する得宗領をもつ。また得宗の家制機関として、公文所、御内侍所などが設けられた。得宗の被官を御内人と称したが、彼等はその最上位者たる内管領を中心に得宗専制政治を推進した。

①時政②義時泰時経時時頼⑥長時⑦政村⑧時宗貞時⑩師時⑪宗宣⑫凞時⑬基時⑭高時⑮貞顕⑯守時(①~⑯は執権就任順、太字は得宗)

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