中宮定子と清少納言
ある雪の日、中宮定子が、「少納言、香炉峰の雪はどんな様子だろうか」と言ったとき、清少納言は黙って御簾をするすると巻き上げて定子に庭の雪を見せた。「香炉峰の雪は簾をかかげて看る」という詩の一節を理解していた彼女は、瞬時に定子の謎を解き、言葉ではなく自らの行動でもって応えて見せたのである。
清少納言が中宮定子に仕え始めたのは28歳の時、その時定子は17歳であったという。だが中宮定子の兄弟である伊周・隆家と中宮彰子の父である道長との間で政争が起こった。結果、伊周・隆家は左遷され、一条天皇に寵愛されていた定子も24歳の若さで亡くなって、定子の一門は権勢を失った。
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