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2010年6月29日 (火)

漢字の運命

   改定常用漢字表が年内にも内閣告示されという。現行の1945字に196字を加え、5字を外し、計2136字になる。常用漢字が増えた背景には、情報機器の普及で漢字が書けなくても打てる時代になったため、難しい漢字でもよく使われる漢字は追加してほうが便利と判断したのであろう。「鬱」は、これまで、「憂うつ」「うつ病」「うっ血」「うっ憤」だったのが、「憂鬱」「鬱病」「鬱血」「鬱憤」と表記できる。もちろん国民一般にとっては強制するものでないから罰則もなく、たとえ常用漢字にない漢字を使おうとも一応自由であるが、新聞や官庁の文書などでは、ふりがなをつけるなどの工夫がいる。国民にとっては、生まれてくる子どもの名をつけるときに常用漢字、人名漢字という制限があることに気づくのであろう。

    むかし、当用漢字といっていた頃、人名用漢字はわずか92字であった。私は若い頃、市役所の市民課にいて出生届を受け付ける係をしていた。そのころ南沙織が「17才」でデビューしたころで、赤ちゃんに「沙」という字をつける人が多くいた。だが当時「沙」という漢字は人名用漢字になかった。おそらく全国の窓口で、せっかく子どもの名前を用意したのに、受け付けてもらえないと知って、失望とともに怒りがこみあげてトラブルが頻発したであろう。昭和51年に人名用漢字はは28字が追加された。このなかには「沙」「紗」「渚」「梓」「藍」「梢」「瞳」「絢」と、いまではよく命名される漢字が多い。しかし人名漢字をめぐる問題は裁判所にまでもちこまれるケースがその後もでてきた。「玻南」と名づけた夫婦が名古屋東区役所に出生届の受理を拒否されたため、家事審判を申し立てた。「玻」が社会通念上、常用平易な文字とはいえない、として却下された。だが最初92字だった人名漢字は追加されて985字となった。これと常用漢字とあわせると2930字である。今年、改定常用漢字が施行されれば3121字が子どもの名づけに使えることになる。だがどんなに漢字を増やしても家事審判は今後もますます増えるだろう。そもそも国が使える漢字を制限することに関して、専門家の考えは対立している。最近の朝日新聞をみても早稲田大学名誉教授の野村雅昭は「常用漢字を増やすな。日本語が滅びる」(6月26日)、京都大学准教授の安岡孝一は「人名漢字の制限再考を」(6月29日)と主張は正反対である。

    むかし、岩波新書から中国の国語国字問題に詳しい倉石武四郎の「漢字の運命」という本が出た。なかなか難しい内容であるが、漢字の専門家は漢字の将来に危機感を持っていて、難しい漢字を増やすと、読めなくなり、書けなくなり、ひいては英語にとって代わられる。つまり日本語が滅ぶ、とまで考えている。そのようなところから、戦前から漢字制限が唱えられたのであるが、一般国民は漢字は読めない、書けない、勉強しない、でも人と違う個性的な名前をつけてやりたい、という願いもあるようで、痛し痒しの問題である。

   ケペルは現行の3000字強の漢字制限におおむね賛成である。もちろん五万字の漢字を使いたい人はそれは個人の学習の自由である。しかし一般社会通用する漢字はある程度定めたほうがいいと考える。むしろ漢字は表意文字なので、その成り立ちや意味、中国の文化がある。しかし近頃の若い人のたいがいの意見は、中国の思想や文化は古くて誤ったものも多いのでそこから多くまなぶものはない、とする考えが顕著にみられる。漢学や東洋史を学ぶ若い人は減っている。日本の文化は多く漢字から学んだものであり、本質を究めるには漢学、漢文の学習は必要だとおもうのだが、時代の潮流はこのような漢字の将来にとって絶望的ともいえる状況に向かいつつある。漢字ブームは漢字ビジネスであって、検定という一面的、皮相的なライセンス化に疑問を感じている。

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