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2010年4月20日 (火)

分化しつつある図書館の世界

    図書館の歴史は、実質的に人類文化とともに発展したきたし、これからも急速な変化があると考える。前7世紀頃のアッシリア王国の首都ニネヴェのアッシュールバニパル王の宮殿から出土度された多数の楔形粘土板は、あきらかに王室図書館といえるものである。

    国内すべての出版物を集めて保存している国立国会図書館が、あと7年で限界となる報道があった。いずれは閲覧申請のない古い本は箱詰めするか、本をタテに置かずに横に積み上げる、それでもだめなら電子データ化したものは廃棄するという方法がとられるだろう。紙の本はいずれは消滅する運命にある。つまり粘土板や木簡やパピルス、羊皮紙など媒体にかかわらず情報・記録が蓄積保存される機能を図書館情報学の世界では「図書館」と呼んでいるのであろう。

    歴史的に見ると、ここ2世紀間は近代図書館の理念は公立図書館として展開してきたと考えられる。図書館は教育機関としてその整備は公の責任においておこうなうという考え方が浸透してきた。ところが文化の殿堂としてのハコモノの管理運営に要する経費はふくらみ、美術館・博物館ほどではないが、早晩、図書館冬の時代が必ず到来する。つまり人的経費のかかる図書館が自治体に負担となってのしかかってくる。民間委託をするにしても経費の削減はさぼど変らないという報告もある。こうした変貌する図書館にあって注目すべきは「図書館の分化」であろう。これまで公や組織が運営する公共図書館、大学図書館、学校図書館が一般に図書館の中心であったが、いまやその他の図書館の出現を注目している。たとえば商工図書館、点字図書館、演劇図書館、病院図書館、刑務所図書館など専門図書館もあるだろう。アーカイブスなどの文書館もあるだろう。このほか公民館図書室などのように図書館同種、類似施設もある。都市部ではブック・カフェ、マンガ喫茶なども出現している。また伝統的な家庭文庫、こども文庫・地域文庫などもある。最近のニュースでは宝塚のある主婦が自分の庭の空き地に約500冊ほどのミニ図書館を作った。名づけて「さんしょ文庫」。お手本は池田市の「まち角図書館」だそうだ。街角に本棚を置いて誰でもが利用できるようなする活動だそうだ。一人の試みは小さくても、このような活動の輪がもっと広まれば図書館の町になる。コストもかからず、資源の有効活用になる。宝塚市内には500冊程度の小さな文庫から1万冊を超える文庫まである。家庭文庫が増えて、宝塚は図書館の街に生まれかわるかもしれない。

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