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2010年3月21日 (日)

制裁より人権

    天に向かって吐いた唾は己に落下する。高校無償化をめぐり、朝鮮学校の実態が問題となって川端文科相は「高校の課程に類するかどうか」という口実をつけて、除外措置をとった。これまで全国の大学は朝鮮学校の卒業生に対して「高校を卒業した者と同等以上の力がある」としてきただけに、逆行しており、民族差別といわれてるのは当然である。実際に朝鮮学校除外という政策が拉致問題の解決に役立つのか疑問である。おそらく政府もそんな甘い見通しは持っていない。では国連の人権委員会の勧告を無視してまで何故この問題にこだわるのだろうか。拉致家族への配慮か。むしろ本質は、少数民族を差別して、国民の政府への批判の矛先をかわすことにあるとみている。これまでも近代日本国家はこの差別化の手法を繰り返している。関東大震災の朝鮮人虐殺がそうである。殺された総数ははっきりとわからないが、おそらく6000人以上とみられている。人権の尊重とは、憲法にある「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって」とあるこのような過去に流された多くの血の歴史をふまえてのことである。そして前文には「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」とある。つまり、北朝鮮への制裁よりも、人権を重視するのが政治道徳の本道である。今回の朝鮮学校除外は憲法の理念に反する行為であり、高校無償化は朝鮮学校にも同様に適用すべきものである。

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コメント

ええと、浅学な者で疑問に思ったことがあるのですが、政治と道徳って切り離して考えるべき最たるものじゃあないのですか?また、関東大震災の朝鮮人虐殺は流言が元であったと記憶しておりますが、先生の記事を読んで私はまるで政府が故意に(虐殺へ)仕向けたように感ぜられました。私の至らなさが原因かもしれませんが、少なくとも私はこの話を聞いた時「人種差別である」(区別かな、とは思いましたが、少数民族を差別するくらいで収まる落胆でも問題でもありますまい)とは考えもしなかったので、詳しくお話をお聞きしたいと思います。御迷惑でなければ教えてくださらないでしょうか。

政治と道徳を切り離して考えるとはマキャベリズムのようなことを言われているのかもしれませんが、ここでは日本国憲法前文にあります「政治道徳の法則は普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる」に基づいています。「政治道徳の法則」とはおそらくプラトンの国家論、正義論の哲学理念に淵源します。朝鮮人虐殺事件の発端は9月2日(震災の翌日)、東京を中心に朝鮮人が暴動をおこすらしいといううわさが流れはじめました。家永三郎「日本の歴史6」(ほるぷ出版)119頁に「在郷軍人、青年団、町内会が日本刀や竹槍をもって、朝鮮人らしい者をみつけると「15円50銭といえ」とおどし虐殺を続けた、とあり注釈に「これらのうわさの出所には、朝鮮人弾圧の口実をつくるため、日本の警察が直接がかかわっていた可能性が強い」とあります。警察は国家権力の最たるものであり、戦前期においては警察=国家=政府と解しています。

丁寧な返答、ありがとうございました。
噂も怖いですが、それを利用して国家が他国の人間を虐殺させようとする、それが例え有用であったとしても、あまりの理不尽さに怒りがわきます。そして同時に悲しい、そうでもしなければ乗り越えられなかったのかと、失望すら感じてしまいました。
無知は恐ろしい、本当に、教えてくださってありがとうございました。

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