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2010年3月12日 (金)

宇治川の先陣

    寿永3年正月13日、木曽義仲は源氏の軍勢が攻め寄せてくるのを聞くと、宇治川の橋板をはずして迎え撃った。源氏の軍勢は大手の源範頼に、搦め手の源義経に別れ、梶原景季の「磨墨(するすみ)」と佐々木高綱の「生ずき」の先陣争いとなった。

    最初は梶原の方が先に進んでいた。佐々木は背後から、「いかに梶原どの。馬の腹帯がゆるんでおるぞ」と声をかけた。梶原がそうかと思い、それを締め直している隙に、佐々木はさっと駆けぬいて、河へざっと乗りいれた。さてははかられたかと、梶原もすぐに後につづいた。生ずきも磨墨も頼朝の愛馬だったのを、戦に発つ前、梶原と佐々木がもらった馬であった。世に名高い「宇治川の先陣争い」は、ついに佐々木四郎高綱が制した。

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