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2010年2月12日 (金)

読書不用論

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   本日の朝日新聞「声」欄。「本を読むことがそんなに大事なことだろうか。私は本が好きだ。だがいくら読んでも1円の利益を生まない。逆に本から仕入れた生半可な知識があるだけ人間関係が悪くなり失敗した」という手記がある。実はこのことで悩んだ人は多い。読書家で人よりいくら多くの知識を持っていたとしても、単なる「物知り」とみれるだけで、人からは「先生、先生」とからかわれ、実際の出世レースは惨敗する知識人のほうが多い。むしろ麻雀、ゴルフと部長のご機嫌をとるほうが気が利いている。部下も出世の見込みのない窓際万年係長にはバカよばわりする。つまり「学者ばか」は社会、世間では通用しない。むしろ人間通や世俗知のほうが役立つ。しかし世渡り上手になりたくて読書するのであろうか。先日、BSテレビでプロシアのフリードリッヒ大王のサンスーシー宮殿の円形の図書室をみた。さすがに啓蒙専制君主の蔵書だけにいまも立派なコレクションである。かれは政治家よりも哲学者になることを望んだという。世界史になだたる名君が愛した「憂いなき宮殿」にあったのは古今の名著なのだ。やはり真理を知ることこそなにものにも勝る宝である。財宝や地位はうつろいゆく儚いもの。知識こそ力なり。ソクラテスは「他人の書物を読むことに時間を費やせ。他人が辛苦したものによって容易に自己の改善をなしとげられる」とある。本を書くのはたいへんな労力を費やしているはずである。それに比べたら、読んで理解することは、それほどの労力はいらない。読書はもっとも効果的に知識が得られる方法なのだ。おそらく読書が人生を棒にしたというのは責任転嫁しているのだろう。また読書と人間関係についてもふれたい。一般に読書家は人間嫌いと見なされることは一概に否定しない。人とおしゃべりする時間があれば読書したいと思うだろう。結論でいえば、本人がいかに割り切るかだ。アナトール・フランスは「わたしが人生を知ったのは人と接触した結果ではなく、本と接触した結果である」作家や学者が書斎を出て、テレビや講演でタレントのような活動をしているが、名声や富とひきかえに大切なものを無くしているようにみえる。無為自然、隠者になって晴耕雨読の生活で静かに暮らすことが自然だと考える。もちろん仙人のように霞を食って生きれるわけではない。最後には餓死が待っているという覚悟が必要なのだろう。だが餓死するまでに本の下敷きとなって死んだ読書家もいたそうだ。マンションの一室には一万冊の本があったという。読書生活も恐るべし。

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