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2010年1月15日 (金)

亭主を尻に敷島の道

  新春恒例の宮中「歌会始の儀」が14日午前、開かれた。皇后さまの御製和歌。「君とゆく道の果たての遠白く夕暮れてなほ光あるらし」結婚50年を迎えての感懐が詠まれている。歌会始の儀は古く平安時代から行われている。和歌を詠むことを古来から「敷島の道」という。敷島とは日本国の別称であるが、俗に別の意味もある。「歌をつくる女は妻に持たぬもの、亭主を尻に敷島の道」という歌から、夫より学問のある妻、夫より権力をもつ妻をいうらしい。さしずめ紫式部などは幼児から聡明で父の藤原為時は「この子が男であったなら」と嘆いた。20歳をすぎて父の友人の藤原宣孝の妻となったが、結婚生活2年ほどで夫は亡くなった。「源氏物語」はやもめ生活の中で書かれたのである。

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