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2010年1月20日 (水)

出羽人物誌

    出羽国は、米沢に上杉氏、鶴岡に酒井氏、秋田に佐竹氏が在城し、山形は最上義光が開き、「最上100万石」として繁栄したが、最上氏改易後、鳥居忠政、保科正之、松平乗佑、秋元凉朝、水野忠精、水野忠弘が城主となる。明治維新にさいし奥羽列藩同盟の中心となったが、官軍の進攻で降伏した。米沢藩の上杉治憲(鷹山)は藩政改革に努めた。酒田の本間光丘は酒田西浜の防砂植林や藩の借財の整理などに尽力した。雄勝郡西馬音内に生まれた佐藤信淵は農業技術の普及に努めた。角館の佐竹北家城代佐竹義郎は学問芸術を好んだ。若くして夭折した画家小田野直武は、時代を先取りした洋風画を描き、秋田蘭画が成立した。鈴木清風は尾花沢の紅花商人で俳人。蝦夷地探検家・最上徳内は村山郡楯岡村の生まれ。蛮社の獄で自決した洋学者・小関三英は庄内鶴岡の生まれ。酒田の本間光喜や飽海郡高瀬の佐藤政養らも優れた蘭学者であった。米沢藩主・堀内忠意は大槻玄沢の門にはいって米沢蘭学の草分けとなり、米沢は一時東北の長崎とまで称された。平田篤胤は秋田藩士大和田祚胤の四男。その門流は吉川忠行、忠安父子を指導者として、秋田尊攘論をおこした。幕末の憂国の士・清川八郎は庄内田川郡清川村の豪農(醸造業)斎藤治兵衛豪寿の三男。秋田立志会の柴田浅五郎は平鹿郡吉田村(現・横手市)の生まれ。近代短歌の第一人者・斎藤茂吉は山形県南村山郡堀田村金瓶(現・上山市)に生まれた。

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