毛越寺
毛越寺は中尊寺とともに平泉における奥州藤原氏の仏教文化を伝える名刹である。嘉祥3年(850年)円仁開基の嘉禅寺に始まり、永久5年(1117年)鳥羽天皇の勅願、藤原基衡本願によって再興されたものである。早く嘉禄2年(1226年)に焼け、のちにまた天正元年(1573年)の兵火にあって、原形をまったく失い、今はわずかに庭園と礎石を残しているだけである。大泉池と呼ばれる苑池を中心に旧伽藍の建物跡礎石を随所にとどめている。池は円隆寺と呼ばれた金堂院の全面にあり、池中央の中島を通して南と北に橋が架け渡されて南大門に通じていた。
毛越寺には平安時代中葉に興った古代の遊宴歌舞である延年の舞が伝承されており、毎年正月20日の夜中に常行堂において行われる。
« 信貴山の毘沙門天信仰 | トップページ | 経塚と末法思想 »
「日本史」カテゴリの記事
- 南山一揆(2026.04.16)
- ゴーストップ事件(2026.01.13)
- 服部正就の改易(2025.12.02)
- 消えた名刀「阿蘇の蛍丸」(2025.11.24)
- 鼻毛のお手入れは入念に(2025.10.23)



コメント