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2009年11月 3日 (火)

歴史人物の評価の難しさ

    来年のNHK大河ドラマは福山雅治の「龍馬伝」である。坂本龍馬は昭和43年に北大路欣也で「竜馬がゆく」を放送している。その外これまでも何人もの役者が演じているだろう。いささか新鮮味に欠ける気がする。歴史的にみて坂本龍馬は過大評価されすぎ。龍馬が関連した幕末の事件といえば、「薩長同盟」と「大政奉還」。しかし「薩長同盟」の本当の立役者は中岡慎太郎であり、「大政奉還」は後藤象二郎の功績のほうが大きい。維新後、土佐人は薩摩や長州に負けないだけの英雄像を創り上げたのであろう。これまで大河で取り上げなかった高杉晋作のほうがいいように思う。

    このように歴史的に人物評価することはなかなか難しい。現代美術でも印象派、フォービズム、キュビズムなどの流れのなかで、ゴッホ、セザンヌ、マチス、ピカソなど巨匠とされるが、同じフォービズムの仲間でもブラマンク、ドランはやや過少評価されているように思える。これは彼らがナチスの協力者とみなされて烙印をおされたことと関連するように思える。ナチスの退廃芸術追放が芸術家にとって忌まわしいことであるが、彼らの芸術性そのものとは無縁のことと思えるのだが、なかなかそうはいかない。もう少し時代を経てみなければ評価は定まらないのだろうか。

    日本の近代文学についてもいえる。志賀直哉の小説、文体、スタイルを神様のように信奉する人は純文学のなかでは多い。評論家・小林秀雄の後押しもいくぶん影響しているだろう。阿川弘之が現代文壇の重鎮であることも関連する。ともかく志賀直哉の弟子にあたる作家が多くいることは、彼の文壇での地位をゆるぎのないものにしている。ところが志賀の全仕事、作品そのももの数では長編は「暗夜行路」のであり、珠玉の短編はあるものの、戦後は「灰色の月」か随筆くらいで文壇では老大家という印象がある。これに反発を感じていた太宰治や織田作之助たち。彼らの人生は時代が悪く、破滅、悲惨そのものであったが、不思議に現代の若い世代に共感され、表現方法は太宰の影響が見える。各種の読書調査においても太宰治がダントツで一位をなることが多い。同世代の小林秀雄や三島由紀夫などはまるで太宰を評価していない。だが50年後、どのようになるかわからないが、いまも普通の男性の作家は太宰のようなものをどこか意識して書いている風に思える。日本の近代文学史のとくに昭和からの流れは、なかなか難しくて、主流が何であるか見えにくいところがあるが、作家の本当の評価も死後100年はかかると思う。

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「日本史」カテゴリの記事

コメント

とても楽しいブログですねっ!
これからも頑張って下さい。(応援)

本日の食事コーナー面白く拝見しました。食事ってある意味、その人の生き方そのものをあらわしているのかも・・・太宰が味の素狂だったように

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