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2009年11月27日 (金)

人はなぜうらむのか

   本日の朝日新聞から二つの気になる漢語をテーマにする。「怨望」と「里山」。一つ目の「怨望」とはあまり現在ふだん使われないに思うが、由緒正しい漢語で広辞苑にもある。東京大学の苅部直の講演で福沢諭吉「学問のすすめ」をとりあげ、第13篇にある語である。福沢の頃はまだ暗殺が横行した時代で、差別社会に怒りをもって凶行に走る壮士といわれる人も多かった。そんな中にあって、寛容をもつことの大切さをのべたもので、小林秀雄や大江健三郎たちも福沢の「怨望の人間に害あるを論ず」を評価しているという。現代のいじめに通じるものがあるという。苅部は「怨望」をJ・S・ミルの著作から「envy」(嫉妬)を「怨望」と訳したとある。面白い指摘だ。ところで「学問のすすめ」を昔読んだきりで、最初の部分に感動したが、おそらく13篇までに行かなかった。改めて読んでみて、いまの自分の態度に反省すべき点あり、福沢先生に教えられた気がする。福沢は「門閥制度は親の仇なり」とあったので、ある意味で「怨望」の人かと思っていたら、富のある人を社会的に認めているところが、経済界にも福沢が受け入れられた点なのであろう。この13篇をどう評価するかが分岐点になるかもしれない。

  「オージー・ビジット」という明治大学や朝日新聞が主催しているだけに、他の講演も素晴らしい。作家の平野啓一郎、鹿島茂。鹿島茂の古書に関する面白い話を読むと羨ましいかぎりである。怨望ではなくて羨望であろう。鹿島の講演にでてくる中世フランスの王シャルル5世(1337-1380)は、賢明王といわれ、百年戦争でイギリスを国内から退けた王である。趣味が蔵書収集で、写本を1500部所蔵。これが後にすごい貴重な財産となったという。

   二つ目の言葉は「里山」。森林生態学の四手井綱英は1960年代に薪を採取するなど農山村の人々の生活を支える山を「里山」呼び、その意義と保全を提唱した。1991の「広辞苑第四版」では「里山」はなかった。もちろん最新版にはある。「里山」という言葉も近年、国土保全、環境保護から生まれた新語だったのだ。ケペルは「里の秋」という童謡になじんできたので、「里山」という言葉もかなり前から使われているという感じがしていた。

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