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江戸中期の歌舞伎狂言・浄瑠璃作者、近松門左衛門の墓と称するものはいくつかあるが、国指定史跡となったものは、広済寺(尼崎市久々知1丁目)と大阪市妙法寺の2基の墓だけである。近松門左衛門(1653-1724)は京都や大坂に住んだが、広済寺の住職・日昌上人と親交が深く、母の供養を行うなど晩年に関係が深かった。高さ48センチほどの緑泥片岩の自然石の墓石で、裏面には「享保九年十一月二十二日」と没年が刻まれている。(11月22日)
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