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2009年11月26日 (木)

江戸昭和平成の格差社会

    平成不況のためか高級品は売れないご時世だそうだ。それでもよく売れるものもある。宝くじだ。いつみても販売所は行列だ。年末ジャンボ2億円、トト6億円。わが国の宝くじの歴史は江戸の富くじにはじまる。寛永期から始まり元禄期以後盛んになった。最盛期には江戸で33ヵ寺に富くじがあり、なかでも谷中の感応寺は有名である。

 感応寺 いのちからがら 一分すて

    「いのちからがら」とは、群衆にもまれる庶民と箱をゆすって札を交ぜる音を暗示している。富くじは賭博的行為なので天保の改革で禁止された。だが富くじは、敗戦後の資金の調達のため「宝くじ」と改称して復活した。戦後第1回東京復興宝くじが売り出されたのは昭和21年3月10日。そのころの庶民は耐乏生活を強いられていた。筍生活という言葉も流行した。他方、長者は次のとおり。①上原謙150②三門博120③春日井梅鶯④玉川勝太郎108⑤灰田勝彦106(単位:万円)インフレがひどいので150万円といっても現在いくらぐらいか検討もつかない。昭和22年5月に成立した片山哲首相は施政方針演説において国民に耐乏生活を要請した。昭和27年の吉田茂首相も耐乏生活を要請したが、政治家が汚職や収賄ばかりやっていたので国民はあきれていた。鳩山由紀夫首相の2億円を超える偽装献金。何時の世も変わらぬ世の中の有様である。

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