タケノコと孝行
孟宗竹は中国南部の原産で、日本には1736年に薩摩藩主島津吉貴(1675-1747)によって鹿児島にその苗が移入され、またたくまに全国に広まった。孟宗竹がこのように普及したのはタケノコを採るためである。
孟宗とは中国の晋の時代の親孝行な青年の故事に由来する。孟宗の母が年老いて病気が重くなり、冬、タケノコが食べたがった。孟宗は竹林にいったが、そんな季節にあろうはずがなく、彼は思わず泣いた。すると、たちまち数本のタケノコが出てきた。孟宗は持ち帰って吸い物をつくり、母に供したところ、その病気はたちどころに治ってしまった。
涙滴ッテ朔風寒シ
瀟々タル竹数竽
須庾ニシテ春筍出ヅ
天意、報ユルコト平安ナリ
(郭居敬「二十四孝」)
« 阿波十郎兵衛は実在した!? | トップページ | 艱難のなかから名著は生まれる »
「ことば」カテゴリの記事
- 力士が食べる「ちゃんこ鍋」の由来は、あの大横綱!?(2026.05.12)
- 矍鑠(2026.02.24)
- のびしろしかない(2026.01.04)
- 稲架(2025.10.25)
- 村八分(2025.10.21)



コメント