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2009年10月 6日 (火)

ハリウッドのキング

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   生前クラーク・ゲーブルはこう言っていた。「ぼくが死んだら、墓石にこう書いてください。‘自分の幸運を知っていた幸運児、ここに眠る’と」クラーク・ゲーブル。生まれは1901年オハイオ州カディス。父はドイツ系移民で油田鉱夫。生後7ヵ月で母を失い、苦学して多くの仕事を転々とした。その後、彼は「ハリウッド オブ キング」と呼ばれる大スターになったが、愛妻キャロル・ロンバードを飛行機事故で失い決して幸運な人生ではなかった。爽快さのゲーリー・クーパー、重厚さのクラーク・ゲーブル、天下の人気は二分したが、クーパーに比べると作品的にも恵まれなかった。だがクーパーに勝るとすれば、それは共演女優の豪華さであろう。西部劇中心のクーパーの相手役は地味な女優が多いが、クラークはジョーン・クロフォードをはじめトップ女優がズラリと並んでいる。ノーマ・シアラー(自由の魂、不思議な間奏曲、愚か者の楽園)、バーバラ・スタンウィック(夜の看護婦、スピード王)、グレタ・ガルボ(スザン・レノックス)、ジーン・ハーロー(紅塵、春の火遊び、支那海、妻と女秘書、サラトガ)、キャロル・ロンバード(心の青空)、ヘレン・ヘイス(ホワイト・シスター)、ジョーン・クロフォード(暗黒街に踊る、笑う罪人、蜃気楼の女、ダンシング・レディ、奇妙な積み荷)、クローデット・コルベール(或る夜の出来事)、マーナ・ロイ(白衣の騎士、男の世界、妻と女秘書、テスト・パイロット)、ジョン・クロフォード(私のダイナ、空駆ける恋)、コンスタンス・ベネット(或る夜の特ダネ)、ロレッタ・ヤング(野性の叫び、市への鍵)、ジャネット・マクドナルド(桑港)、マリオン・ディヴィス(スタアと選手)、ヴィヴィアン・リー、オリヴィア・デ・ハヴィランド(風と共に去りぬ)、へディ・ラマー(同志X)、ロザリンド・ラッセル(ポンペイの出逢い)、ラナ・ターナー(無法街、何処かで君をみつける、帰郷、叛逆者)、グリア・ガースン(冒険)、デボラ・カー(宣伝屋)、エヴァ・ガードナー(栄光の星の下で、モガンボ)、ジーン・ティアニー(私を離さないで)、グレース・ケリー(モガンボ)、スーザン・ヘイワード(一獲千金を夢見る男)、ジューン・ラッセル(たくましき男たち)、エリノア・パーカー(ながれ者)、イヴォンヌ・デ・カーロ(南部の反逆者)、ドリス・デイ(先生のお気に入り)、キャロル・ベーカー、リリー・パルマー(僕は御免だ)、ソフィア・ローレン(ナポリ湾)、マリリン・モンロー(荒馬と女)

   こうして共演者たちを並べてみてもハリウッド女優史1930-50代になるだろう。こんな彼の人望を物語る晩年のエピソードがある。エリザベス・テーラー、モンゴメリー・クリフト主演の「去年の夏突然に」(1959)のプレミア・ショーのはねたあと、スターたちが行きつけのレストランにぞろぞろ集まった。その時の最良の席は、本来ならその夜のヒロイン、リズのためにリザーブされてしかるべきだが、そうではなくてクラークのために用意されていた。彼女とても文句はない。やがてクラークが来店すると、リズはもとより、ゲーリー・クーパー、オードリー・ヘプバーン夫妻、ロック・ハドソン、ダニー・ケイなど、錚々たるスターたちが立ち上がって敬意を払ったという。キングの面目躍如たるものがある。彼女たちは冗談ではなく、彼のことを、キングと呼んでいたし、クラークもそう呼ばれてもテレもしなかった。

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コメント

クラーク・ゲーブル=レット・バトラーのイメージです。たまにふと、現在の俳優でレット・バトラーを演じる事の出来る人はいるだろうか、と想像して当てはめてみるのですが、いないですよねぇー。

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