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2009年10月11日 (日)

イタリア・ルネサンスの画家たち

47salon38
 フラ・アンジェリコ「受胎告知」1440年代前半

   ルネサンスとは「人間が自然と人間にめざめた時代」といわれる。長い中世の間、キリスト教や封建君主のもとであらゆる自由や人間としての欲望や楽しみを束縛されていた人々が、教会の掟や中世風の考え方からめざめ、ギリシア・ローマの自由な精神にあこがれて、新しい世界を求めてたちあがった。この中心となったのが中部イタリアの自由都市フィレンツェで、数多くの芸術家が出て活躍した。

    画題はまだキリスト教関係のものが選ばれたが、中世風の神秘感から抜け出し、人間的なものが見られるようになった。人間や自然の姿を見えるままに写しとろうとして、透視画法が考え出された。ジョットは、約束にとらわれず自分の眼で見て描こうとした最初の画家で、マザッチョはジョットの態度を進めて、自然の広がりや、生き生きとした人間の動きを表わし、裸体画も残している。フラ・アンジェリコは、静かで清らかな宗教画を残し、フィリッポ・リッピは優美で世俗的な画風で人気を得た。ボッティチェルリは、古代の復活といわれるルネサンスの理想を作品の上に表わした。ピエロ・デラ・フランチェスカは明晰で静謐な世界を遠近法を駆使して描いた。

    ルネサンスの波はイタリア各地に広まり、16世紀はイタリア・ルネサンスが最盛期に達した。やがてフィレンツェにかわってローマが中心となり、新しい美術を創造しようという熱意にもえた芸術家たちは、古代を研究するとともに、透視画法、解剖学などの科学的研究をも進め、写実的に表現することにも苦心した。なかでもレオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ・ブォナローテイ、ラファエロはこの時代を代表する三大天才といわれている。

    フィレンツェとローマに次いで、ヴェネツィアは、ルネサンスの第三の重要な美術の中心地となった。ヴェネツィア派の始祖ヤコボ・ベッリーニの娘と結婚したマンテーニャは古代美術を深く学び、写実的な描写を得意とした。ジョヴァンニ・ベッリーニはマンテーニャから影響を受け、細密な写実描写と調和のとれた色彩を特徴としている。ヴェネツィア派の最初の巨匠はジョルジョーネである。ミケランジェロとラファエロは形態を征服することによって理想の世界を創造したが、ジョルジョーネは光と色とで理想の世界を創造したのだ。ヴェネツィア派の傑出した画家はティツィアーノ・ヴェチェリオである。彼はジョルジョーネの助手を経て、あでやかな色彩と流麗な筆さばきで国際的にその名が知られるようになった。ヴェネツィア派の画家たちが関心を寄せたのは、デッサンや絵画の数学的構築(デイゼーニョ)ではなく、色彩を優先する配合(コロリート)であった。

    16世紀後半になると、均斉と調和が保たれていたルネサンスの様式がイリュージョン的な絵画構成へと大きく変化していく。後の美術史家はこの新様式をマニエリスムまたはマニエリズモと呼んでいる。ヴェネツィアのティントレットやスペインのエル・グレコが代表的画家である。20世紀初めの美術家たちはエル・グレコを「モダン・アートの先駆者」と高く評価している。

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